上場株式の株価と所得効果について~実際の事情~
今回は株価と所得効果について実際はどうなのか解析していきます。
結論から言うと、
「株価の上下では、所得効果はプラスもマイナスも有りません」
その理由を以下に述べていきます。
これは以前に言及したことがある、消費市場と金融市場の違い、なぜ区別し便宜する必要があるのかその説明ともなります。
まず基本的な概念を定義、説明していきます。
消費市場:消費者が企業の売っている商品やサービスを購入し、日々の生活の維持・
向上を目指すところ。ここでの消費は企業の売り上げとなり、売り上げ総
利益から販売費および一般管理費を差し引くことで、営業利益=企業の本
業の利益に繋がります。
損益計算書
Ⅰ 売上高 ( )
Ⅱ 売上原価
期首商品棚卸高 ( )
当期商品仕入高 ( )
合計 ( )
期末商品棚卸高 ( ) ( )
売上総利益(=粗利) ( )
Ⅲ 販売費及び一般管理費
略 ( ) ( )
営業利益(=本業の利益) ( )
金融市場:企業が経営に必要なお金の調達をする場所です。借入や社債発行の場合は
返済の必要があります。株式発行の場合は返済の必要はありませんが、利
益が出たときに投資家へ還元し続けないと信用を失い、次回からの調達が
難しくなります。
仕訳事例
借入の場合
企業側 借方(現金)A円 貸方(借入金)A円
投資家側 借方(貸付金)A円 貸方(現金)A円
社債発行の場合
企業側 借方(現金)A円 貸方(社債)A円
投資家側 借方(社債)A円 貸方(現金)A円
株式発行の場合
企業側 借方(現金)A円 貸方(資本金及び資本準備金)A円
投資家側 借方(株式)A円 貸方(現金)A円
債務・・・(借入金)、(社債)
純資本・・・(資本金)、(資本準備金)
債権・・・(社債)、(株式)
借入金や社債は利払いが発生します。株式に利払いは発生しません。しかし、純利益が出たときに配当金という形で投資家に還元する必要があります。
なぜなら、もし純利益が毎期出続けているにもかかわらず、配当金を出さなかったらどうなるでしょう?
上場株式の場合、株式市場で投資家どうしで売買が盛んに繰り返され、発行時と配当時で、株主が異なることがあります。
発行時と株主が異なるからといって、配当金を出さなかったら、権利を引き継いだ株主はどう思うでしょう?
「あそこの企業は純利益を独り占めして、私たちに一切還元しない。」
「株主をバカにしている」
「私たちだって元手がかかっているのに、1円もリターンが無いんじゃ元手分だけまるまる損じゃないか」
そういう風に信用を失って、もし今後、企業の経営状態が悪化して、資金繰りが厳しくなったとき、銀行が融資してくれないから市場で調達したいと思っても、新規株式発行(=増資)に応じてくれる人が減っています。場合によっては誰も居ません。
株式発行では一見すると返済の必要が無い(貸借対照表上の負債ではない)ので、企業側にはメリットばかりのように見えますが、実際には信用を失わないためには、「利益が出続ける限り永久に株主還元」を迫られることになります。
対して借入金や社債の場合は、元本と利子を返済すれば後は負い目(=義務)が一切ありません。
一長一短がありますが、広い意味でどれも企業にとっては本質上「債務」に相当するわけです。
そして債務に相当するからこそ、貸借対照表上の相手方勘定が「債権」として認識されるわけです。
企業は株主のものか否か、という議論はここに通じてくることになるわけです。
さて基本的な定義について述べましたが、ここから本題です。
「上場株式の株価が上下することで所得効果(=購買力の増加)は有るのか?」
これを命題として解きます。
上場株式の株価は盛んに転売買が繰り返されることで、発行価額と取得価額、取得価額と取得価額の間にズレが生じ、短期間で変動します。
Aさん、Bさん、Cさんという投資家がいるとします。
ある企業の株式をAさんが
借方(株式)100万円 貸方(現金)100万円
で取得し、市場でAさん、Bさん、Cさん以外の投資による売買で時価が102万円に上がり、利益確定したくて、売りに出します。
そこでBさんが株価はまだ騰がると思い、これを買うとします。
Aさん仕訳
借方(現金)102万円 貸方(株式)102万円
Bさん仕訳
借方(株式)102万円 貸方(現金)102万円
さてその後、Bさんが思うように株価は騰がらずむしろ下がって99万円にまで下がってしまいました。ここでBさんは損失確定しようと売りに出します。
そこにCさんが安値だと思い、これを買うとします。
Bさん仕訳
借方(現金)99万円 貸方(株式)99万円
Cさん仕訳
借方(株式)99万円 貸方(現金)99万円
この流れを見て確定していることは、損益確定をするときは、必ず投資家の間で現金の授受があるということです。そして株式の数字はそのまま株価を意味します。
ここでは簡略化してありますが、上場株式の株価を決定しているのは、その銘柄で売買をしている投資家たち自身です。
ある銘柄について時価が101万円であるとき、他の投資家が102万円で売りを出し、それをほかの誰かが買うと、時価が102万円になる、という風に、株価は決定されます。
株価は常に、投資家どうしの売値と買値の被せあいで更新されていくわけです。
見えない誰かや、市場という不明瞭な何かが決定しているわけではありません。
究極的には、ある銘柄について投資家が二人しかいなくても、売りと買いで約定すれば株価が決定されてしまうのです。
つまり、株価そのものが重要なのではありません。
問題は株式市場に入ってくるお金と出ていくお金です。
マクロ経済を複式簿記を通してマクロ財政として見てみましょう。
マクロ借方 (現金)100兆円
(株式)200兆円
今、このように消費者全体の現金資産と金融資産があるとします。
株式市場で売買が繰り返されても
(現金)100兆円
(株式)190兆円
ということは起こりえます。逆に
(現金)100兆円
(株式)210兆円
もあります。
もう一度上記のAさん、Bさん、Cさんの株式の売買の流れを見てみましょう。
必ず「現金の授受」があります。
「借方と貸方で現金のそれぞれの合計は貸借一致する」ようになっているのです。
株式資産も貸借一致しているように見えるでしょう?
ところが株式の資産は、最後に売買した約定額が株価(時価)となります。
Aさんの売買時の株価、Bさんの売買時の株価、Cさんの売買時の株価を総平均した株価ではなく、Cさんの売買時の株価が時価として株式すべてが評価計上されるのです。
上場株式の時価総額=時価×発行済み総株式数
ここがポイントです、唯一にして一番重要なポイント。
「現金は貸借一致して、マクロ全体では現金残高が変わらないのに、株式の場合は最後の約定額で時価計上されるため、金融資産残高が変動するのです。」
上記のAさん、Bさん、Cさんの事例で株価がBさんの買った後1万円まで減ったとします。
Bさんは確かに大損です、しかし、1万円で損益確定して売りに出すということは、Cさんは自分の消費市場での購買力である現金から、1万円しか金融市場に移動してこなくて良いことになります。
99万円で損益確定しても、1万円で損益確定しても、現金のマクロ残高は変わりません。マクロ全体での消費市場での購買力には変動が無いわけです。
消費市場で消費するときに必要になるのは、現金です。
株式ではありません、株でBtoCは商品やサービスを決済してくれませんし、その含み益で掛け取引(ツケ買い)を許してくれることもありません。
BtoBの場合は企業の事情によるでしょう。
個人事業主の場合もありますし、金融資産のリスクを認識していないこともあります。
中国のように売掛金の担保に株を充てるということもあるわけです。
なお、上記では言及していませんが、株式の売買では損失が出たときは課税されませんが、利益が出たときは課税されます。
日本では申告分離課税で利益額の大小にかかわらず20%(正確には端数があります)で固定されています。
実際には売買が繰り返されるほどに、株式市場から出てくるお金は減り、マクロ全体での購買力は減じられると認識しなければならない。
さてここまで述べましたが、例外としてマクロ全体で購買力に変動があるケースを述べます。
株式は上場していても、新規に株式を発行することがあります。目的は様々ですが、新規に株式を発行するときは、
発行側企業
借方(現金)A円 貸方(資本金及び資本準備金)A円
引き受け側投資家
借方(株式)A円 貸方(現金)A円
というように、なります。
引き受け手の投資家が、個人投資家であった場合、消費市場での購買力が一方的に減じることになります。対して企業側は現金が入ってきますが、企業とは需要と供給の関係では供給側になります。
機関投資家が引き受け手だったとしても、運用の原資の大部分は自己資本ではなく、信託されているだけで、元は消費者個人の現金資産です。
BtoBとBtoCでは投資コストの回収経路が異なるため、供給側へのお金の過剰流入は、消費市場での個人の購買力を減じるため、相対して過剰供給になります。
経済が成長し続けている、成長余地が残っているならともかく、
効用の限界を迎えて物質的に満足している人が多く、個人消費が減ると、購買力の世代間移動(=貧富間移動)が起きないため、消費は盛り上がらず、不景気は慢性化します。以前に他のトピックスでレポートしたときに定義した「先進国病」というやつです。
最近、経済関係の報道機関で取り上げられる機会の多くなった「ミレニアル世代問
題」と同じです。
さて、逆にマクロ全体で購買力が増すケースもあります。
企業は企業活動で純利益を出すと、自社が発行した株式を投資家還元の一環として、自社株買いをすることがあります。
その時に自社が発行した株式を、「発行済み株式からマイナスして発行していないことにする」ことがあります。
これを「株式の消却」と言います。
企業側(乙社とします)
(乙社株式)A円 (現金)A円
(株主資本)A円 (乙社株式)A円
投資家側
(現金)A円 (乙社株式)A円
この場合は株式市場から一方的にお金が出ていくだけになる(投資家どうしの売買ではなく、消費者の購買力が増すだけになる)ので、消費市場での購買力としては増える要素となります。
誤解の無いように言及しておきますが、企業が自社のお金を設備投資に使うときは、供給能力の拡大を意味し、供給量の拡大を意味します。その設備投資の回収には、企業活動で商品・サービスを売り、利益を上げる必要があるのです。
つまり、自社株買いでお金が企業から出ていくことは、必ずしもマイナスではありません。
自社株買いで必要な原資は純利益を毎期積み増しているのなら、株主資本に繰り越して計上されて行っているから、マイナス要素とはならないのです。
重要なのは、消費市場での需要と供給のバランスが取れていること、そのために企業活動で得た純利益を、自己株式消却に充てることはマイナス要素ではないのです。
BtoCは個人消費無くして成り立ちえません。
BtoBはBtoC無くして成り立ちえません。
投資を過剰に煽って、株価を上下させることには、マクロ経済における有効需要にはつながりません。
購買力そのものは全体では変化していないのです。
為替市場はゼロサムゲームでも、株式市場は非ゼロサムゲームだという考えがまかり通っていますが、実際には消費市場と金融市場を区別しないことによって、現金残高という購買力の本質を追究しきれていないことによる誤解です。
株価が騰がればその含み益で、ある個人が消費性向を一時的に高めることはあるでしょう、でも上辺でしかない。一時的でしかない。
効用の限界の問題と、購買力の世代間移動(=貧富間移動)の問題は解決できてない。
逆に株価が下がった時に、今の世界のように株価=購買力だと錯覚していると、株価=景気となり、投資家心理はその消費市場における消費性向を、全体で下げてしまうのです。実際にはマクロ全体で現金残高(購買力)が変わっていなくても。
真に問題なのは、上場株が時価(最後に約定した価格)で計上されなくてはいけない、という複式簿記の理論上の欠格です。
そしてその欠格によって誤った解釈が通底している今の世の中の経済政策の方向は、確実に間違っていると断言できる。
投資を先行させる考えは、問題を悪化させるだけであるということは、覚えておかなければならない。
「貯蓄から投資へ」誘導するのではなく
「貯蓄から消費へ」誘導しなければならない。
「景気が悪化したから消費が悪くなった」のではない。
「消費が悪くなったから景気が悪化した」のだ、という
当たり前のようでいて、その実当たり前で無かったことを、どれだけ当たり前に理解できるかで、経済政策の方向性は決定されていかなければならない。
30日付で本邦財務相によるコメントが上記で報道されましたが、「貯蓄から資産形成へ」という政策自体が間違っているので、言葉遣いや事例の用い方はともかく、麻生氏の方向性は正しいです。