経世済民戦線

財政出動や金融政策ではない、第3の経済政策を提案します(バナー広告が表記されますが当方とは無関係です。仮にDL表示があるバナーが出てきても無視を強く推奨します。)

管理通貨制度~雛形~

 物価を安定させるには、増えた需要分だけ、供給も増えなければいけません。
 減った需要分だけ、供給も減らなければいけません。

 消費市場で需要が増えた場合(ディマンドプル・インフレ)の複式簿記を使った仕分けは以下の流れになります。

 勘定科目は便宜上、適当に作りました。
 銀行と中央銀行、企業の3者間の信用創造の流れです。

 中央銀行(日銀)発行時仕分け
 (増えた需要量≒貸付金)D円   (日銀券)D円 
 銀行側
 (日銀券)D円  (増えた需要量≒借入金)D円
 (貸付金)D円  (日銀券)D円
 企業側
 (日銀券)D円  (借入金)D円
 企業側設備投資
 (設備=供給能力=供給量)D円 (日銀券)D円
 市場に企業が新たな生産能力で財・サービスを供給

 企業側
 (日銀券)D円 (売り上げ=需要量)D円
 この時、市場で増えていた需要に対し供給が追い付き、均衡して、物価が安定します。コストプッシュ・インフレではないので、価格も下がります。マクロ経済で最初に学習する、需要曲線と供給曲線を思い浮かべてみて下さい。(但し、通貨が新たに供給された分だけ通貨価値は下落しています。)
 企業側は借入金を返済します。
 (借入金)D円  (日銀券)D円
 となります。
 銀行側はこの時
 (日銀券)D円 (貸付金)D円
 となります。ここまでが現在の管理通貨制度における簡略化した流れです。
 発行時の日銀仕分けで、借方(増えた需要量)という風に実際には仕分けを切っていませんが、需要拡大し続けていた(GDPが成長し続けていた)時は、中身は本質上この形になっています。
 ですが本来は、これ以降に
 銀行側
 (増えた需要量≒借入金)D円 (日銀券)D円
 として日銀側
 (日銀券)D円  (増えた需要量≒貸付金)D円
という風に、日銀に日銀券を返還して消却する必要があります。
 最終的に、この形で一巡することで、
 企業側の生産能力(生産数)が増えたまま変わることなく増えた需要量と均衡し、物価が安定。中央銀行が供給した通貨を回収し消却することで、通貨量が需要の増える前の段階に戻り
 通貨価値も一定を保ち続けるのです(通貨価値が最終的に常にある一定価額に収まることになるわけです)。
 人口が増えることで需要が拡大している場合は、その分だけ返還消却する必要はありません。(ちなみに諸外国が同じ会計処理をしなければ、外国為替市場で理論上の対外通貨価値が上昇し続けます。)
 が、人口が増え続けた場合は土地や資源には限りがあるので、物価が高進したままの状態になってしまいます。供給したくても資源が足りずに、生産活動が必要十分な量できなくなることがあるからです。
 人口拡大政策を経済政策の根幹に位置付けてはならない理由がここにあります。
 持続不可能なのです。
 人口拡大による通貨供給は、人々の保有する通貨量を同じ割合増やすことで、資源の価値を通貨の額面価額量から相対的に把握する、という性質を持つことになります。


 さて、現在の管理通貨制度では、上記太字の形になっていません。
 (なぜなら、管理通貨制度に関する研究が未成熟で、複式簿記上で説明をどの研究者もまともに行っていないからです。未成熟なため、定説が存在せず、供給された通貨は現在の制度ではそのまま消却されずに市場に残ったままになっています。)

 また、消費性向・貯蓄性向が政策によってコントロールされず、自然調整もされないため、不必要に企業・国・個人のうち、個人のところでお金の流れが止まっています。

 人々の間で購買力の移動が起きない。

 そのため、消費市場で需要が減って、物価が下落しているというのが、解釈として筋が通っているのではないでしょうか?

先進国病~経済が死に至る病原~

 今回は「先進国病」についてもう少し掘り下げてお話します。

 以前にも何度か言及しましたが、経済が成長していくにつれ、成長が鈍化して低成長が恒常化し、不景気が慢性化しているのが、経済先進国です。

 なぜそのようなことが起きるのでしょう?

 

 経済は言い換えれば、人々の間の財の移動と定義できます。

 所得が増し、物質的に豊かになった人間は、あとは買い替え需要しか無くなってしまいます。

 それでも賃金というものは年齢とともに減るという事はありませんし、「老後のため」と言って人々は貯蓄を増やしてしまいます。

 収入とは言い換えれば、誰かの消費です。

 誰かが消費してくれたから、手元にお金が入ってきているわけです。

 皆が貯蓄を増やして、消費を減らせば何が起きるでしょう?

 考えてみてください。

 経済が成長しなければ、マクロ全体での賃金にも必ず上限があり、変わりません。

 どの企業だって採算が取れる範囲内で賃金体系が決まるのですから当たり前です。

 そこで、物質的に豊かになった人が、賃金(収入)を減らすことなく、消費を減らすと何が起きるでしょう?

 消費が減ると、企業の収入が減ります。

 採算ラインは変わっていませんから、豊かになった人の収入が変わらなければ、誰かの収入を減らさなければなりません。

 かくして、収入を減らされた人々の購買力は減り、消費市場における有効需要が減って、さらに景気悪化が加速していくわけです。

 

 よく景気対策として、企業に設備投資を促す意見が日本以外にも世界中で、さも正しいかのように平然と叫ばれますが、本当にそれは正しいのでしょうか?

 ① 「効用の限界」を無視していませんか?

 ② BtoCは個人消費無くして成立しない、BtoBはBtoC無くして成立しない、という事を無視していませんか?

 人間の行動には必ず動機・目的があります。

 何かを得るためには、何かを失わなければなりません。

 行動の結果失われるのは、体力や時間(買い物の時間や、使い方を覚える時間を含めます)。消費行動の場合はお金です。

 その失ったものと、結果、得たものが自分の中で釣り合いが取れていないと判断されれば、人は損をしたと考えるわけです。

 損をしたくないのが人情です。

 ですから、人は、行動をする前にまず、考えます。

 その行動によって、まず、何が得られるのか考えます。

 人によってはここで止まって、何を失うのかよく考えずに漠然と行動する人もいます。

 ですが最初に判断するのは、「何が得られるのか」です。

 「何を失うか」ではない。

 利益を最初に考えて、費用はあとから考えるのです。

 その最初の利益の考察部分で、何も見出すことができなければ、そもそも人は、それを得ようと行動しません。

 あなたがスマートフォンを持っていて、最近発売されたばかりの最新モデルと見比べたとき、機能がほとんど変わっていなくて、「自分には当面必要がない」と判断したら、買おうと思わないでしょう?

 効用の限界とは、得るものと失うものを秤にかけたときの(均衡点)を表し、得るもののほうが大きければ消費活動として現れ、有効需要(=購買力の実行)となります。

 この均衡点は、思慮深い人とそうでない人(損得勘定の強弱)で違いますし、物質的な欲求の強い人とそうでない人(虚栄心の強弱)でも違います。

 ですが、確実に言えるのは、物質的に満足した人が増えるほど、マクロ全体ではこの均衡点は、有効需要が下がる方向へシフトし続け、止まらないという事です。

 人は歳をとるほどに、脳が委縮し、思考が硬直化する。

 生物として避けられない運命のために、物覚えが悪くなる、忘れっぽくなる、目は老化が進んで視えにくくなる。

 新しく物を買って、使い方を覚えるのが面倒になる。

 物持ちが良いとは、一面的な見方で、実のところ消費に対して前向きではないだけと言える。

 

 本来なら、物質的な消費から、旅行や趣味のような、それ以外の消費へ移るはずが、製造業の不振によるマクロ全体の景況感の悪化のために、将来不安を掻き立てられ、消費を減らして貯蓄を増やす。

 そして貯蓄を増やしてしまうから、ますます景気が悪くなる。

 製造業(革新)→製造業(停滞)→サービス業→製造業(革新)→製造業(停滞)→サービス業…

 本来なら、このように需要(労働市場の需要も含む)が変遷するはずが、景気を悪化させているのが自分たちの貯蓄だと自覚できない消費者と、彼らの収入をキャッシュフロー化(流動化)しなければいけないことに自覚が足りない経済政策のために、最初のサービス業に需要が移るはずのところで消費の膠着状態がずっと続いている。

 ゲーム理論でいうところのナッシュ均衡だ。

 景気が悪いから貯蓄して様子を見ます→消費が減るからさらに景気が悪化しますの「死の螺旋」。

 

 

 個人の利益を最大化しようと行動した結果、マクロ全体で皆が同様の行動をとり、消費停滞が固定化し、いかなる経済政策も効果を出さない。

 現行の経済システムには、ナッシュ均衡を自律破壊する装置が付いていない。

 

 ナッシュ均衡を破壊することができるのは、「当事者同士の直接の話し合いによる同意」か、「ゲームルールの変更」しかない。

 社会を構成する人数が多いほど、当事者同士の合意形成は不可能(→直接民主制の弊害)なので、「ゲームルールの変更」しかない。

 

 だから、法定通貨に有効期限を設けて、1年間で貯蓄できる金額に上限を設ける、という方法以外、有効な解決策が無いという結論になる。

 

 よく考えてみてください。

 貧富の概念が人類史の中で如実に顕著になったのは、貨幣経済が生まれた辺りではありませんか?

 人類の生活に必要不可欠な、衣・食・住、このうち、食には消費期限があり物々交換経済では、人は容易に貯蓄などできなかったはずです。

 複式簿記でいえば、お金は財の交換手段。

 本来、財が移動することなく価値を喪失したとき、交換手段として発行された貨幣も同様に貸借対照表上から消却しなければならない理屈になるはず。

 そうしなければ数理上の価値を担保できない。

 ところがそうなっていない。

 有効期限が無い。

 使用期限が無い。

 貨幣経済は2000年以上前に生まれたのに、複式簿記が生まれたのは500年ほど前、ずっと後になって生まれた。

 貨幣経済と物々交換経済の違いをよく考察しないまま来たから、貨幣の本質も追究できていない。

 貯蓄ができてしまうという事が、何を意味するのか、今ここで、今この時代に振り返らずに、いつ振り返るのか?

 

 

 

 

上場株式の株価と所得効果について~実際の事情~

 今回は株価と所得効果について実際はどうなのか解析していきます。

 結論から言うと、

 「株価の上下では、所得効果はプラスもマイナスも有りません

 その理由を以下に述べていきます。

 これは以前に言及したことがある、消費市場と金融市場の違い、なぜ区別し便宜する必要があるのかその説明ともなります。

 まず基本的な概念を定義、説明していきます。

 

 消費市場:消費者が企業の売っている商品やサービスを購入し、日々の生活の維持・   

      向上を目指すところ。ここでの消費は企業の売り上げとなり、売り上げ総

      利益から販売費および一般管理費を差し引くことで、営業利益=企業の本

      業の利益に繋がります。

              損益計算書

  Ⅰ 売上高                 (    )

  Ⅱ 売上原価

    期首商品棚卸高  (    )

    当期商品仕入高  (    )

      合計     (    )

    期末商品棚卸高  (    )     (    )

       売上総利益(=粗利)       (    )

  Ⅲ 販売費及び一般管理費

    略        (    )     (    )

       営業利益(=本業の利益)     (    )

             

 

 金融市場:企業が経営に必要なお金の調達をする場所です。借入や社債発行の場合は

      返済の必要があります。株式発行の場合は返済の必要はありませんが、利

      益が出たときに投資家へ還元し続けないと信用を失い、次回からの調達が

      難しくなります。

 仕訳事例

 借入の場合

   企業側   借方(現金)A円   貸方(借入金)A円

   投資家側  借方(貸付金)A円  貸方(現金)A円 

 社債発行の場合

   企業側   借方(現金)A円   貸方(社債)A円

   投資家側  借方(社債)A円   貸方(現金)A円

 株式発行の場合 

   企業側   借方(現金)A円   貸方(資本金及び資本準備金)A円

   投資家側  借方(株式)A円   貸方(現金)A円

 債務・・・(借入金)、(社債

 純資本・・・(資本金)、(資本準備金

 債権・・・(社債)、(株式)

 

 借入金や社債は利払いが発生します。株式に利払いは発生しません。しかし、純利益が出たときに配当金という形で投資家に還元する必要があります。

 なぜなら、もし純利益が毎期出続けているにもかかわらず、配当金を出さなかったらどうなるでしょう?

 上場株式の場合、株式市場で投資家どうしで売買が盛んに繰り返され、発行時と配当時で、株主が異なることがあります。

 発行時と株主が異なるからといって、配当金を出さなかったら、権利を引き継いだ株主はどう思うでしょう?

 「あそこの企業は純利益を独り占めして、私たちに一切還元しない。」

 「株主をバカにしている」 

 「私たちだって元手がかかっているのに、1円もリターンが無いんじゃ元手分だけまるまる損じゃないか」

 そういう風に信用を失って、もし今後、企業の経営状態が悪化して、資金繰りが厳しくなったとき、銀行が融資してくれないから市場で調達したいと思っても、新規株式発行(=増資)に応じてくれる人が減っています。場合によっては誰も居ません。

 株式発行では一見すると返済の必要が無い(貸借対照表上の負債ではない)ので、企業側にはメリットばかりのように見えますが、実際には信用を失わないためには、「利益が出続ける限り永久に株主還元」を迫られることになります。

 対して借入金や社債の場合は、元本と利子を返済すれば後は負い目(=義務)が一切ありません。

 一長一短がありますが、広い意味でどれも企業にとっては本質上「債務」に相当するわけです。

 そして債務に相当するからこそ、貸借対照表上の相手方勘定が「債権」として認識されるわけです。

 企業は株主のものか否か、という議論はここに通じてくることになるわけです。

 

 さて基本的な定義について述べましたが、ここから本題です。

 「上場株式の株価が上下することで所得効果(=購買力の増加)は有るのか?」

 これを命題として解きます。

 

 上場株式の株価は盛んに転売買が繰り返されることで、発行価額と取得価額、取得価額と取得価額の間にズレが生じ、短期間で変動します。

 Aさん、Bさん、Cさんという投資家がいるとします。

 ある企業の株式をAさんが 

       借方(株式)100万円   貸方(現金)100万円

 で取得し、市場でAさん、Bさん、Cさん以外の投資による売買で時価が102万円に上がり、利益確定したくて、売りに出します。

 そこでBさんが株価はまだ騰がると思い、これを買うとします。

 Aさん仕訳

       借方(現金)102万円   貸方(株式)102万円

 Bさん仕訳

       借方(株式)102万円   貸方(現金)102万円

 さてその後、Bさんが思うように株価は騰がらずむしろ下がって99万円にまで下がってしまいました。ここでBさんは損失確定しようと売りに出します。

 そこにCさんが安値だと思い、これを買うとします。

 Bさん仕訳

       借方(現金)99万円   貸方(株式)99万円

 Cさん仕訳

       借方(株式)99万円   貸方(現金)99万円

 

 この流れを見て確定していることは、損益確定をするときは、必ず投資家の間で現金の授受があるということです。そして株式の数字はそのまま株価を意味します。

 ここでは簡略化してありますが、上場株式の株価を決定しているのは、その銘柄で売買をしている投資家たち自身です。

 ある銘柄について時価が101万円であるとき、他の投資家が102万円で売りを出し、それをほかの誰かが買うと、時価が102万円になる、という風に、株価は決定されます。

 株価は常に、投資家どうしの売値と買値の被せあいで更新されていくわけです。

 見えない誰かや、市場という不明瞭な何かが決定しているわけではありません。

 究極的には、ある銘柄について投資家が二人しかいなくても、売りと買いで約定すれば株価が決定されてしまうのです。

 つまり、株価そのものが重要なのではありません。

 問題は株式市場に入ってくるお金と出ていくお金です。

 

 マクロ経済を複式簿記を通してマクロ財政として見てみましょう。

 マクロ借方 (現金)100兆円

       (株式)200兆円   

 今、このように消費者全体の現金資産と金融資産があるとします。

 株式市場で売買が繰り返されても

       (現金)100兆円

       (株式)190兆円

 ということは起こりえます。逆に

       (現金)100兆円

       (株式)210兆円

 もあります。

 もう一度上記のAさん、Bさん、Cさんの株式の売買の流れを見てみましょう。

 必ず「現金の授受」があります。

 「借方と貸方で現金のそれぞれの合計は貸借一致する」ようになっているのです。

 株式資産も貸借一致しているように見えるでしょう?

 ところが株式の資産は、最後に売買した約定額が株価(時価)となります。

 Aさんの売買時の株価、Bさんの売買時の株価、Cさんの売買時の株価を総平均した株価ではなく、Cさんの売買時の株価が時価として株式すべてが評価計上されるのです。

 上場株式の時価総額=時価×発行済み総株式数

 ここがポイントです、唯一にして一番重要なポイント。

 「現金は貸借一致して、マクロ全体では現金残高が変わらないのに、株式の場合は最後の約定額で時価計上されるため、金融資産残高が変動するのです。」

 上記のAさん、Bさん、Cさんの事例で株価がBさんの買った後1万円まで減ったとします。

 Bさんは確かに大損です、しかし、1万円で損益確定して売りに出すということは、Cさんは自分の消費市場での購買力である現金から、1万円しか金融市場に移動してこなくて良いことになります。

 99万円で損益確定しても、1万円で損益確定しても、現金のマクロ残高は変わりません。マクロ全体での消費市場での購買力には変動が無いわけです。

 消費市場で消費するときに必要になるのは、現金です。

 株式ではありません、株でBtoCは商品やサービスを決済してくれませんし、その含み益で掛け取引(ツケ買い)を許してくれることもありません。

 BtoBの場合は企業の事情によるでしょう。

 個人事業主の場合もありますし、金融資産のリスクを認識していないこともあります。

 中国のように売掛金の担保に株を充てるということもあるわけです。

 なお、上記では言及していませんが、株式の売買では損失が出たときは課税されませんが、利益が出たときは課税されます。

 日本では申告分離課税で利益額の大小にかかわらず20%(正確には端数があります)で固定されています。

 実際には売買が繰り返されるほどに、株式市場から出てくるお金は減り、マクロ全体での購買力は減じられると認識しなければならない。

 

 さてここまで述べましたが、例外としてマクロ全体で購買力に変動があるケースを述べます。

 株式は上場していても、新規に株式を発行することがあります。目的は様々ですが、新規に株式を発行するときは、

 発行側企業  

       借方(現金)A円   貸方(資本金及び資本準備金)A円

 引き受け側投資家 

       借方(株式)A円   貸方(現金)A円

 というように、なります。

 引き受け手の投資家が、個人投資家であった場合、消費市場での購買力が一方的に減じることになります。対して企業側は現金が入ってきますが、企業とは需要と供給の関係では供給側になります。

 機関投資家が引き受け手だったとしても、運用の原資の大部分は自己資本ではなく、信託されているだけで、元は消費者個人の現金資産です。

 BtoBとBtoCでは投資コストの回収経路が異なるため、供給側へのお金の過剰流入は、消費市場での個人の購買力を減じるため、相対して過剰供給になります。

 経済が成長し続けている、成長余地が残っているならともかく、

 効用の限界を迎えて物質的に満足している人が多く、個人消費が減ると、購買力の世代間移動(=貧富間移動)が起きないため、消費は盛り上がらず、不景気は慢性化します。以前に他のトピックスでレポートしたときに定義した「先進国病」というやつです。

 最近、経済関係の報道機関で取り上げられる機会の多くなった「ミレニアル世代問

題」と同じです。

 

 さて、逆にマクロ全体で購買力が増すケースもあります。

 企業は企業活動で純利益を出すと、自社が発行した株式を投資家還元の一環として、自社株買いをすることがあります。

 その時に自社が発行した株式を、「発行済み株式からマイナスして発行していないことにする」ことがあります。

 これを「株式の消却」と言います。

 企業側(乙社とします)

    (乙社株式)A円       (現金)A円 

    (株主資本)A円       (乙社株式)A円

 投資家側

    (現金)A円         (乙社株式)A円

 この場合は株式市場から一方的にお金が出ていくだけになる(投資家どうしの売買ではなく、消費者の購買力が増すだけになる)ので、消費市場での購買力としては増える要素となります。

 誤解の無いように言及しておきますが、企業が自社のお金を設備投資に使うときは、供給能力の拡大を意味し、供給量の拡大を意味します。その設備投資の回収には、企業活動で商品・サービスを売り、利益を上げる必要があるのです。

 つまり、自社株買いでお金が企業から出ていくことは、必ずしもマイナスではありません。

 自社株買いで必要な原資は純利益を毎期積み増しているのなら、株主資本に繰り越して計上されて行っているから、マイナス要素とはならないのです。

 重要なのは、消費市場での需要と供給のバランスが取れていること、そのために企業活動で得た純利益を、自己株式消却に充てることはマイナス要素ではないのです。

 

 BtoCは個人消費無くして成り立ちえません。

 BtoBはBtoC無くして成り立ちえません。

 投資を過剰に煽って、株価を上下させることには、マクロ経済における有効需要にはつながりません。

 購買力そのものは全体では変化していないのです。

 為替市場はゼロサムゲームでも、株式市場は非ゼロサムゲームだという考えがまかり通っていますが、実際には消費市場と金融市場を区別しないことによって、現金残高という購買力の本質を追究しきれていないことによる誤解です。

 株価が騰がればその含み益で、ある個人が消費性向を一時的に高めることはあるでしょう、でも上辺でしかない。一時的でしかない。

 効用の限界の問題と、購買力の世代間移動(=貧富間移動)の問題は解決できてない。

 逆に株価が下がった時に、今の世界のように株価=購買力だと錯覚していると、株価=景気となり、投資家心理はその消費市場における消費性向を、全体で下げてしまうのです。実際にはマクロ全体で現金残高(購買力)が変わっていなくても。

 

 真に問題なのは、上場株が時価(最後に約定した価格)で計上されなくてはいけない、という複式簿記の理論上の欠格です。

 そしてその欠格によって誤った解釈が通底している今の世の中の経済政策の方向は、確実に間違っていると断言できる。

 投資を先行させる考えは、問題を悪化させるだけであるということは、覚えておかなければならない。

 「貯蓄から投資へ」誘導するのではなく

 「貯蓄から消費へ」誘導しなければならない。 

 

 「景気が悪化したから消費が悪くなった」のではない。

 「消費が悪くなったから景気が悪化した」のだ、という

 当たり前のようでいて、その実当たり前で無かったことを、どれだけ当たり前に理解できるかで、経済政策の方向性は決定されていかなければならない。

 

www.bloomberg.co.jp

 

  

 30日付で本邦財務相によるコメントが上記で報道されましたが、「貯蓄から資産形成へ」という政策自体が間違っているので、言葉遣いや事例の用い方はともかく、麻生氏の方向性は正しいです。

 

       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の財政破綻の問題について

(無利子永久国債)に価値は無い。
 発行時点で引き受け側の中銀は以下のように仕訳を切らなければならない。


 借方(無利子永久国債)A円 貸方(日銀券)A円
 借方(強制低下損)A円   貸方(無利子永久国債)A円
 
 リターン0円であることが発行時点で判明しているので、100%減価処理をしなければならない。価値0円の紙屑、偽札を発行するのがヘリコプターマネーの本質。
 
 通貨発行権があるから破綻しない?
 言葉がきつくなりますが、素人の浅知恵と言わざるを得ません。
 どのような肩書を持った者が唱えた説であっても、間違っているものは間違っている。それを唱えている者は、複式簿記の基礎さえまともに理解していない。

 「日本は財政金融政策の実験場なのか=佐々木融氏」(ロイター FX Forum | 2016年 08月 1日 19:07 JST  http://jp.reuters.com/article/column-forexforum-tohru-sasaki-idJPKCN10B0HZ

 
 こちらの方のコラムも併せてお読みください。


 よく日本政府の保有している資産を以て、「貸借差額で見たときにこれだけあるから大丈夫」という論調を見聞きしますが、本当にそうでしょうか?


 政府の保有資産のうち
 現金化の困難なものは実質資産から除く必要があります。

 例えば(貸付金)これは、返済期限を無視して繰り上げ返済を迫ることは貸し剥がしに相当するので、債務者が国家であった場合は国際社会での信用低下につながります。
 次に(不動産)、インフラ整備でお金をかけた分、例えば


 借方(不動産)A円 貸方(現金)A円


 のように仕訳を切ることになり、複式簿記上の理屈から便宜上(不動産)資産として計上されますが、道路などのインフラは売れません。国有地ですが、誰に売るの?という話になるからです。国以外が保有すれば国道が私道になり、自由に万人が使える法的根拠を失います。
 仮に使えるようにしてしまえば、逆に私有地にする意味が買い手側に無いし、買わない。
 現金化が限りなく不可能に近いのです。

 最も重要な点は、外国に不動産関係は売れないということです。安全保障上の問題が発生することは頭に留め置かなければならない。
 金融資産についてはどうでしょうか、
 債券や株式といった有価証券の類は、買い手はいるはずですが、それを政府が売るとなった場合、政府の財政事情を金融市場に疑われるのは想像に難くありません。
 売り規模が大きければ需給関係から暴落を引き起こしますし、買い叩かれるでしょう。
 資産価値は予め何割か減価を見積もっている必要があります。

 

 次に日本の国債を引き受けてきた国内の資本事情を説明していきます。
 日銀の資金循環統計(2016年3月末速報版)によると
 預金を取り扱う金融機関・合同運用信託から


 借方(貸出)740兆円 貸方(預金)1363兆円
 借方(証券)420兆円 貸方(証券)100兆円


 となり、貸借差額から、金融機関が賞味保有している現金は303兆円となります。 
 同様に保険・年金基金、その他金融機関の現金高は185兆円となります。併せて488兆円。

(※日銀の資金循環統計にある資産・負債では、その他の資産、負債・純資本が示されていません。しかし、本来ならばすべての資産、負債・純資本の計上された貸借対照表をもって現金高を導出することになります。現金や金融商品以外の資産を保有していないということは有り得ないし、純資本が無いことも有り得ません。
 現金はあくまで「甘く見積もってこれだけある」と思ってください)
 
 日本国債は日本の金融機関、生命保険会社、年金基金が主な買い手となってきました。
 国債の入札は現金決済となります。
 しかし金融機関も保険・年金基金も日々の営業支払いのために、現金の準備高を最低限は有していなければなりません。
 従って国債の入札に使える国内の現金は上記の金額を下回ることになります。

 国内のマクロ経済を複式簿記を通してマクロ財政として見たとき、理屈上は1000兆円ではまだ破綻しません。
 ですがこのまま国債発行額を減らすことができずにいると、いずれ国内の現金では引き受けることが出来ない事態が確実にやってきます。
 「資金循環(統計)上の債務超過」です。

 その時にそれでも国債国内引き受けを強引に成立させるなら、日銀に直接引き受けさせる必要がでてきます。


 発行側仕訳
  借方(日銀券)A円 貸方(有利子国債)A円
 引き受け側日銀仕訳
  借方(有利子国債)A円 貸方(日銀券)A円


 このとき国債の償還が終わっていない状態で、さらに国債を発行することになるので理屈上は、発行時点の(日銀券)をもとに引き受けることになります。

 どういうことかというと、

 資金循環統計でみる限り、現金高がマクロ財政下でゼロになっている状態は、すべての(貸付金)(有価証券)類と現金が貸借対応で紐づけされた状態であり、日銀が直接引き受けをする場合は、貸方に来る有利子国債の償還は、発行時点で市中に出すはずの(日銀券)で行われることが確定しています。

 
 従って中銀側では以下のように振り替える理屈になります。


 引き受け側日銀仕訳
 借方(日銀券)A円 貸方(有利子国債)A円


 発行時点で発行する(日銀券)を担保にその(日銀券)を発行する、「自分どうしで貸借対応している」ということになり、貸借差額で、発行額分だけ通貨価値が100%減価され、市中に何の価値もない紙屑が発行されることになります。発行時点で紙屑化していることが数理上証明されえます。

 (無利子永久国債)であろうが、(有利子国債)であろうが、発行元である日銀が直接だろうと間接だろうと引き受ける行為は、発行される(日銀券)の価値が0円であることが証明されます。
 国債を発行する必要が無いのなら、そうしなければいけません。

 

 現在日本の量的緩和制度では、個人については貸金業法十三条の二第2項で年収の3分の1を超えて借り入れることが禁止され(総量規制)、企業については大企業は内部留保によって資金需要が無く、事実上の上蓋となってマネタリーベースがキャッシュフロー化(流動性マネタリーベースと今後定義します)せずにいます。

 中小零細企業については資金需要がありますが、借財を返せない状態で債務超過に陥り、営業回転資金用に新たに融資することは、金融機関には貸し倒れる危険を冒して融資することになり、場合によっては背任罪が考えられ困難を極めます。

 バブル崩壊以降、銀行マンの何人が背任罪に問われたでしょう?

 忘れないでください、「貸したくても貸せないときは、貸せないのです」。

 金融機関が保有している預貯金は、すべて預貯金者から「預かっているだけ」で金融機関の自己資本ではありません。

 石原元都知事肝いりで設立された新銀行東京のように、無理筋な融資でお金を毀損させてしまうわけにはいかないのです。

 

 量的緩和でマネタリーベースがこれだけあってもインフレが起きていないのは、それが金融機関によって日銀の当座預金口座に留め置かれ、事実上の不胎化が行われているからです。

 ですが、上記で説明したように、国内で国債引き受けができなくなり、それを日銀引き受けで強引に成立させたり、QEプログラムを通じた形であっても「資金循環上の債務超過」に陥ると、発行された通貨(日銀券)の紙屑化が始まります。

 国家予算は流動性資本です。

 1年以内にキャッシュフローとして市中に流れます。

 そして支出には年金や、生活保護が含まれます。

 65歳以上の人口は、人口の25%に達しており、年金財政は赤字で現在財源の9割は税金で賄っており、積立金は取り崩している状態です。

 これら世帯が受け取った年金を貯蓄に回す余裕はほとんどありません。

 消費性向は高くならざるを得ず、これら個人を通じて、流動性マネタリーベースの額は確実に拡大していきます。

 通貨価値の希釈によって発生するインフレは「誰かにとっての費用が、誰かにとっての収益である」以上、支出・収入が同割合で増加していき、収益率が変わらず経済価値も財政価値もありません。

 ところが流動性マネタリーベースが拡大すると、輸出・輸入を行う貿易関係の実需筋を通じて徐々に円売りが拡大していきます。

 これも国債の直接引き受けをして財政ファイナンスを続ける限り、絶対に止まりません。

 当然、FXで投機を行っている者たちも気付きます。

 円売りがさらに拡大し、それを嫌った一般人からのキャピタルフライト(資産の外貨替え)も拡大し、悪性インフレを抑えることはできません。

 

 そのとき、これをハイパーインフレーションではないと、

 財政破綻はしていないと、

 「まだ言い続けることが出来るでしょうか?」

所得税&法人税の2段階徴収制度(3)~雇用対策~

 (1)(2)では触れてませんでしたが、所得税法人税の2段階徴収制度で、仮に使用期限内に使用されずに税金として有期可処分所得が徴収された場合、それは

所得の再分配

に回します。

 バブル経済崩壊以降、非正規雇用人口はおよそ20倍の2000万人規模にまで膨れ上がり、正規雇用の数はなおも減少を続け、非正規雇用は拡大し続けています。

 原因ははっきりしていて、企業のコストの大部分を占める人件費の削減のためです。

 仮にどんな経済政策であったとしても、この巨大に膨れ上がった非正規雇用数が、短期間に一度に無くなるという事は、おそらく無いでしょう。

 景気の進展状況に合わせて、企業側は次期の採用数を決めるので、「内需が1年でGDPにして20%以上増えました」とかにならない限り、非正規→正規の大転換は急には起こりえないと、考えます。

 非正規雇用の問題は、賃金が低いのに、社会保険料を自己負担しなければならない事。及びその「賃金の上方硬直性(=コスト削減のための手段として非正規雇用を導入している企業にとって、賃金を上げる動機が薄い)」にあります。

 そこで、企業が非正規雇用から正規雇用に転換していくのに併せて、景気回復に伴うインフレに低所得者層が対応できるように、非正規雇用の賃金に、「所得の再分配」で賃金の補助を直接、労働者に対して行います。

 これは企業側のピンハネを防ぐために、労働者に対して直接行います。

 また、正規雇用への転換を促すため、派遣法を改定し、特殊技能(資格が無ければできない仕事、及び、高度な技能が無ければ仕事が成り立たない仕事)を持つ者に限定した派遣に改め、一般的な労働に従事する者の派遣を例外なく禁止し、違法とします。

 要はバブル期のそれにまで派遣法の中身を巻き戻します。

 

 また、雇用は所得税法人税の2段階徴収制度をもってしても、おそらくバブル期の水準まで正規雇用数が回復することはおそらく無いでしょう。

 これについては、事前に謝っておかなければなりません。

 現状では妙案がありません。

 対策を検討していて、方法が無いわけでは無いのですが、越えなければならないハードルが幾つかあり、試行錯誤の最中です。

 正規雇用数(賃金のバブル期水準の到達を伴う)の回復が、完全に達成できないだろうと考える理由は、1990年当時と2016年現在を比較して「生産能力の大幅な向上」が上げられます。

 当時と今で「何が最も決定的に違うか」というと、「IT革命」です。

 それによる生産能力の向上により、ハードやソフトを補助にして一人の人間がこなせる仕事量、ノルマが大幅に向上してしまったのです。

 結果、経費において固定費が相対的に下がって(変動費は一定です)、必ずしも正規雇用の増員で対処しなくても、単純作業を行う非正規雇用の増員で済むようになってしまったのです。

 多種多様な職種において、超過労働時間が増えたとはいえ、少数で仕事を回せるようになってしまったのです。

 生産性の向上が現在一部で盛んに叫ばれていますが、経済が成熟した社会においては生産性の向上は需要不足の状況で、生産能力に対して生産を抑える形になり、低下します。

 これ以上設備投資をして生産能力を増強しても、ハード(機会)やソフト(アプリケーション)に仕事を奪われ、労働市場における雇用の喪失を意味します。

 以前に有効需要のところで説明しましたが、物質的に満たされた人間の消費性向は、必ず低下します。

 「効用の限界」が問題になるからです。

 既に持っている同様の製品を、新しく買い直すという事は、そのために時間を使い、古いものをを処分する時間と手間、尚且つ買った製品の使い方を覚えなおす時間と手間が発生します。

 新しくものを買い直すことによって、満足を得るのと、時間を浪費しない事によって得られる満足を、天秤に掛けてどちらを取るのか?

 ただの小幅なマイナーアップなら、その都度、製品を買い直すという事は、普通の人間はしないでしょう。

 これが、年齢を重ねて高齢化していく人間においては、「脳の委縮」による思考力の低下、記憶力の低下が拍車をかけて、なおさら、年配になるほど、消費性向が低下していくのです。

 しかし、労働経験は年配の方が上の為、賃金は先進国においては、年配の方が高くなる傾向がどうしても出ます。

 つまり、経済が成熟していくとは何を指すのかと言うと、経済成長に伴い、「効用の限界」により物質的に満足した人間が増え、かつ消費市場における有効需要が減り続け、「世代間における所得の再分配機能」が確保されていないため、結果として経済成長段階において拡大した供給能力を、需要が割り込んで、不況と呼ばれる状況が恒常化していくのです。

 生産能力の向上は、費用対効果として企業の経費節減には繋がっても、有効需要には繋がりません。

 機械はお金を使わないからです。

 機械に賃金は支払いません。

 お金を使うのは人間であり、その人間がお金を稼ぐ仕事を奪われては、経済(マクロ経済におけるキャッシュフロー)が成立しなくなるのです。

 一部の知識人や政府関係者が、生産性の向上を叫ぶとき、単にイギリスで起きた蒸気機関発明によって起きた産業革命をそのまま意識していませんか?無意識に?

 

 ハード(機械)やソフト(アプリケーションに)よる生産能力や生産性の向上は、人々から仕事を奪わない形で達成されなくてはいけません。ワークシェアがされなくてはいけないのです。

 現状のままでは、正規雇用数は25年の間に進んだ生産能力向上のために、バブル期の水準を回復しない事が想定されます。賃金水準を維持するため、既に正規雇用で働いている人達の既得権益を維持するために、ある一定水準で正規雇用数は伸び悩むことになるでしょう。

 これを人口拡大政策による消費市場の参加者の拡大で、解決してはいけません。

 土地と資源は有限だからです。

 人口の多寡に依存しない対処策が必要なのです。

 

 今考えているのは、生産性を企業ごとに数値化して偏差を導き出し、税率を設定して税として徴収し、労働者に再分配するという方法ですが、ハードルが幾つかあって、構想段階です。

 

 

 

 

 

 

人間は期待に拘束されない

(マネタリーベースの増加、インフレ期待上昇に直結せず=日銀総裁 | ロイター)

 

黒田東彦日銀総裁は23日午前の衆院財務金融委員会で、量的・質的金融緩和(QQE)の波及経路は、実質金利の低下を通じて経済にプラスの影響を与えるものとし、マネタリーベースの増加が直接的に期待インフレ率を押し上げるものではないとの認識を示した。

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 通貨量が物価に実際に影響を与えるのは、それがキャッシュフローとして流動性を伴っているときである。つまり実際に使用されている事が絶対条件。

 商品の値段を、供給側がどのように決めるかは、商品の回転率―即ち「売れやすさ」に依存している。売れていれば、財布の紐が緩いと判断し、値引きは行わなくなり緩やかに市場価格は上昇していく。(というより、売り手側が上昇させていく)

 逆に売れなければ、少しでも経費・諸費用を回収しようと、値段を下げざるを得なくなる。いわゆる「たたき売り」だ。

 消費者がどんなに貯蓄して、お金をたくさん持っていても、使わなければ物価上昇圧力にならない。

 マネタリーベースの絶対量は、経済システムの中に転がってる、何かしらの要素で上蓋がされていると、キャッシュフローにならないために、物価に影響を与えないのである。

 マネタリーベースといって、金融市場に資金を供給したつもりで、実の所、日銀の当座預金口座にお金は積み上がる一方だった。その金額は250兆円を超え300兆円に達しようとしている。

 以前に少し触れたが、日本には貸金業法十三条の二第2項に、個人に年収の3分の1を超えて資金を貸し付けてはいけない、「貸付総量規制」というものがある。

 元々、大企業は内部留保が増え、金融機関から低金利でも有利子負債を作る動機が無い。

 そして、消費市場の低迷のために、設備投資(研究開発を含)を先行しても、投資費用の回収見込みが薄いため、企業は投資を限定せざるを得ない。

 中小零細企業は主に運転資金目的の資金需要はあるが、財務諸表の評価上、貸倒懸念から融資を追加で受けるのが難しい、という状態。

 そこに、個人貸付について総量規制があるわけだ。

 融資に回る筈が無い。

 「回る理屈が無い」のだから。

 上蓋だ。

 

 今、主流派のように扱われている経済学の考え方の致命な欠陥は、お金をばら撒けば、消費性向・貯蓄性向が無条件で「自分たちの理論に都合の良いように変化する」と思っている点。しかも無自覚に。

 ありません、そんなことは。

 ゲーム理論を用いて説明するなら、「個々の消費者の消費性向・貯蓄性向は、全体の景況感を見て、後出しジャンケンをして決めている」。

 一種の「社会的ジレンマ」だ。

 事実に拘束されて動くのが、人間である。

 期待に拘束されはしない。

 特に自分の手持ちのお金が増減する問題に関してはなおさらである。

 

 

 

 

 

 

所得税&法人税の2段階徴収制度(2)

 さて、所得税&法人税の2段階徴収制度のひな形については、以上のようになるわけであるが、この制度を通して消費性向を上げるだけでは、実はまだ経済にとっては不十分である。

 この記事では今まで省みられることの無かった、日本の公的年金制度の問題点に触れたい。

 問題点というのは、福祉政策視点のそれではない。

 経済視点だ。

 日本の公的年金の財政方式は、積立方式と賦課方式の折衷方式になっている。

 積立方式というのは、事前に国が制度加入者からお金を積み立て、将来、受給年齢に達したときに、支払う方式である。賦課方式というのは現役世代が納税したお金を原資に受給世代を支える方式である。

 さて現在の法律上、公的年金制度の財源は最終的に半分を税金で賄う方式で、半分は積立金で賄う事になっている。

 問題なのは、積立部分だ。

 積み立てられたお金は、受給世代に支給されるまでお金が、使われない状態になっていた。(そして財源が危機だからといって、なぜか運用するための機関を設立して投資に回された)

 以前に「有効需要(2)」の記事で述べたが、投資の本質は、供給能力(供給量)の増大であって、有効需要の創出ではない。

 投資とはなんなのかその本質も考えずに、企業に投資を促すのは、BtoBとBtoCでは投資費用の回収経路が異なるという事も踏まえてない、奇論・愚論なのである。

 公的年金を運用しているGPIFとは、サラリーマンや自営業者の加入する厚生年金・国民年金に与り運用する機関である。

 その資産構成で解るように140兆円ほどある。

 もとは全額現金だったが、現在は運用利回りを狙って株式や国債を買って、出た利益を足りない財源に充てているということになっている。つまり資産構成を見る限りは現金はほぼ無いといっていい。(株式については、持っている買い板枚数が巨大過ぎて、反対売買して現金確定益を出したことがほとんどないのではないか?という疑いを私は持っている。この運用についての疑問点については別稿に機会を設ける予定である。)

 140兆円、という金額が、需要側ではなく供給側に投下され、有効需要創出の機会を無意味に逸失してしまった、という事が見逃してはならない経済視点での問題点である。

 この金額が、完全賦課方式の下で受給に使う分だけ徴収されていれば、消費者の購買力がここまで減ることは無かった、実質家計収入が消費意欲がここまで減ることは無かったはずなのである。

 よく考えてみてほしい、サラリーマンの厚生年金で月額6万円(企業・個人の折半)、自営業者・非正規労働者で月額1万5千円が徴収されているのである。

 そして、需要創出能力の無い「投資」に回されてしまっているのだ。

 提案したいのは、公的年金制度の完全賦課方式の導入と、所得税&法人税の2段階徴収制度の、両頭制。

 完全賦課方式では、将来貰える年金が横並びになるのでは?という懸念があるだろう。

 心配は無用。

 マイナンバー制度により所得は完全に把握されることになる。

 将来の年金受給金額は、生活に必要な基本金(ベース)の支給と、現役時代に稼いだ生涯賃金(=経済貢献度)に応じて慰労金を支給する、2階建て方式を採用します。

(※慰労金の方は一応上限があります。青天井では財政もたないからね)

 完全賦課方式にして、貯蓄性向・消費性向を税の2段階徴収制度でコントロールし、消費市場において有効需要を爆発させるのである。

 超新星爆発を。

 お金に使用期限を設け、好景気を永続させ、非正規雇用を使わなければ利益構造を維持できなかった企業経営者の心配を無くすることで、非正規雇用問題を解決し、お金をキャッシュストック(貯蓄)ではなく、キュッシュフロー(絶対安定した収入)で保有する、という提案です。

 経済学では、お金に使用期限を設ける、という発想を何故か研究者の方々はしてこなかった。

 だが、貨幣経済以前の物々交換経済では、衣・食・住のうち、食の消費期限のために、物々交換は使用期限が有ったはずなのだ。

 食を財の交換手段として見た時、消費期限が過ぎて腐ってしまえば、労働によって産生されたはずの付加価値は喪失し、無に帰したはずなのである。(この点についての考証は、財の価値を追跡できる複式簿記の考えを用いて別稿に記事を設けたい)

 

 なお末尾になるが、消費税については8%据え置きか、引き下げるか、それとも増税するかについては、景気改善により2段階徴収制度導入で減った直接税収入分をどれだけ補えるか、またそれを超えて行けるかを見て、将来の調整課題とします。

 現時点で消費増税は反対です。

 (増税で政治家や官僚に使わせるより、消費者個人個人に消費させた方が経済効果・財政効果はあると考えます。不必要な助成金公共事業費も減らせます。草花に水をやるならジョウロで上からあまねく撒く方がいい。)

 

 

 以上。